日本の伝統芸能である“狂言”を取り入れた漫才でおなじみのすゑひろがりず(南條庄助、三島達矢)。

昨年、『M-1グランプリ2019』(朝日放送・テレビ朝日系)の決勝に進出し一躍脚光を浴びました。実はコロナ禍で外出自粛が続く中、あることがきっかけで女性人気が急上昇したと言われています。

その影響からか、劇場のオンラインチケットが爆売れし、グッズの売れ行きも大盛況。しかし、2人は今の状況に戸惑っているようで……?

今回、ラフマガではそんなすゑひろがりずに、独占インタビューを行ないました。

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すゑひろがりずは“2.5次元芸人”!?

――ファンの方がお二人のことを「すゑさま」と呼ぶほど人気が高まっているそうですね。今の状況をどう捉えていますか?

三島「信じられないですね……。“幻やろな”っていうか、まだ“若くてカッコいい”なら分かるんですけど、ブスなおっさんやし(笑)、受け入れられない感じではあります」

南條「こういう期間ではあるので、まだ実際には見ていないですからね。Twitterで“リツイート”や“いいね”をされることは増えたんですけど、“サーバーの誤作動かもしれない”って疑っています。

だから“すゑさま”とかは正直、笑っちゃうというか、ちょっと恥ずかしいというか、他の芸人が言われていたら絶対イジっていたことなんで(笑)」

――『M-1』もそうですが、YouTubeでの狂言風ゲーム実況もバズっています。さまざまな要素がある中で、人気が高まったのは何が要因だと思いますか?

三島「今、YouTubeで実況している『あつまれ どうぶつの森(以下、あつ森)』(任天堂)だと思います。完全にそこから変わった感じがしますね。それまでは男性がよく見てくれていたんですけど、『あつ森』をやり始めて、完全に男女比がひっくり返って女性が一気に増えました」

――なぜ女性の視聴者がそんなにも増えたのでしょうか?

三島「アバターが可愛いからじゃないですからね。それに声をあてているだけなので……。声優さんみたいな感じなんですかね」

南條「そうやね。“2.5次元芸人”というか」

三島「ゲーム実況って顔がほとんど出ていないですし、任天堂さんが作ったあのキャラクターが人気なだけであって、実際会うと“うぁ”ってなると思うんですよ(笑)」

――でもお二人が出演するオンラインイベントのチケットは、かなりの枚数が売れたとの話も耳にしたことがありますよ。

三島「それは1枚画面を隔てているからですよ。ネット回線なしの生で対面したときに……」

南條「おやじ臭、口臭を感じとって判断してもらいたいです。今の段階では伝わらないですからね」

――(笑)。すゑひろがりずさんならではのやりとりも人気の一つだと思います。YouTubeでされているような狂言風のやりとりは、以前からやっていらっしゃったんですか?

三島「もともとライブでは2人だけじゃなくて他の芸人さんと舞台に立っていたので、(狂言風のやりとりは)ほとんどなかったですね。(『M-1』をきっかけに)ロケに行かせてもらうようになったとか、2人だけの仕事が増えたのは大きいと思います」

南條「確かに。これまでは、2人だけでやりとりすることがあまりなかったですね」

――『M-1』がきっかけで仕事が増え、2人のやりとりが成熟。その後『あつ森』でファンの方が増えるという、すごくいい流れになっているんですね。

三島「本当にそうですね。ちょうどこの時期で“自宅の娯楽といえばYouTube”っていうイメージがついてきたと思うので、すべての要素や歯車が噛み合って、今に至っているんじゃないかなと思います」

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和牛・川西に勝った!? 三島は「一生の自慢」

――状況の変化もお聞きしたいと思います。目に見えて分かるのがファンレターの数だと思うのですが、何倍くらいに増えたんですか?

南條「もともとは0なので、何もかけることができないです」

三島「3年に1回もらえたらいいほう……。いや、3年に1回もないです。すみません。調子に乗りました」

――(笑)。

南條「若手の劇場にファンレターが入っているボックスがあって、“各自読んでください”っていうスペースがあるんですけど、僕らそのエリアに近寄ったことがなかったですからね」

三島「(現在、どれほど届いているか)数は分からないですけど、本社に行くと、“これとこれ届いていました”って入り口で渡されることが増えました」

南條「さっきも、手ぬぐいと“江戸時代の所作”に関する本が届いていましたね。ありがたいことです」

――グッズの売り上げも大きく変わったと思います。白河だるまさんとのコラボ商品『笑コロだるま』は売り上げ1位になったとか。

南條「一瞬、和牛の川西(賢志郎)さんを抑えて三島が1位になったことがあって、ファンの方が“そんなはずはない”ってことで、その後川西さんが1位にアップしたっていう(笑)。本当のところは分からないですけど、三島が“ファンの方の火をつけた”っていう見方もできますよね」

三島「ほんまに一生の自慢です。でも、だるまっていうのも良かったんだと思います。縁起もいいですし」

――関係者さんやスタッフさんの対応についてはいかがですか?

三島「今日もそうですけど、マネージャーさんが現場に来てくれるのは大きな変化やと思います。(今までは)わけわからんところに2人で行っていたので(笑)。

あと喫煙所での声の掛けられ率が高いですね。社員さんから“あのライブのチケットめちゃくちゃ売れていますね”とか“グッズすごかったですね。また作ろうと思っています”とか……覚えてもらっているんだなって思います」

――チケットの売り上げについて心境をお聞かせください。

三島「同期のななまがりと『ななまがり&すゑひろがりずの地獄変~ルミネの巻~(以下、地獄変)』っていうオンラインライブをやったんですけど、“(売り上げが)すごいことになっているね”って言われるので、相当売れているんだろうなって思います。今まで『地獄変』なんて、誰からも注目されていないこじんまりとしたライブでしたから」

南條「マジで売れなかった。大宮(ラクーンよしもと劇場)でも30枚ちょっとしか売れなくて」

三島「照明も2、3個つけられてないような暗いところでやっていましたから」

南條「“『地獄変』をルミネ(theよしもと)でやりませんか?”って社員さんから声をかけられるなんて……。そんなことなかったですからね。お願いしてもできへんかったくらいですから」

鬼から仏へ!女性目線で変化

――以前は“みなみのしま”というコンビ名で漫才をされていたそうですが、そこで“狂言風漫才”が誕生したきっかけを教えてください。

三島「(大阪で)普通の漫才をやっていたんですけど、行き詰まって“なんとかせな”と。捨て身で“誰もやっていないことをやってみよう”ってことで、伝統芸能風なネタをやったら、今までにないくらいウケまして。

そのままオーディションもトントンと上がって、劇場に呼んでいただけるようになったので、狂言に全部振りました」

――普通の漫才から“狂言風漫才”に絞ることで、ネタ作りが苦しくなることも増えたのではないでしょうか。

南條「最初の方は何でもできるんで良かったんですけどね。でもさすがに7、8年やっていると、ひと通り頭で考えている設定ばかりが出てきて、次どうしようか……って感じで。

それまで漫才の形ではやっていましたけど、フタを開けたら狂言風コントをつなぎ合わせたようなネタばっかりやったんで、2019年の正月頃から漫才を意識し始めました。漫才って設定ではなく会話なので、まだ無限にいけそうやなっていう。漫才に舵を切ったことで、もうひと段階上にいけたかなって思います」

――振る舞いで気をつけていることはありますか?

三島「“ニコニコしよう”っていうことですね。昔、鬼みたいな顔をしていたようで“顔怖っ!”ってよく言われていたんですけど、最近は“仏さんみたいな顔になっている”って言われます(笑)」

――笑顔を意識するようになったきっかけは?

南條「(三島が)結婚して、奥さんにいろいろアドバイスしてもらえるようになったからじゃないですか? やっぱり女性の目線は大事ですよ」

三島「ヨシモト∞ホールの後輩に自分のことを知ってもらえて、だいぶイジられるようになったのも大きいかもしれないです。6年くらい前に大阪から上京した頃は、“大阪の兄さんだ”って挨拶するくらいの感じやったんですけど、劇場で出番を重ねていくうちに“この人こういう人なんだ”ってだんだん伝わって、ほぐれてきたっていう……後輩のおかげかもしれないですね」

――最近、ピンクと水色の衣装に変えられましたよね。

南條「明るいほうがいいなってことで。これは三島の奥さんの手作りなんですよ」

三島「着物で明るい色ってあんまりないんですよ。(前の衣装より)もっと明るく、めでたい感じでやりたいなって思っていたんですけど、なかなか見つからなくて。奥さんが服飾の専門学校に通っていたので“じゃあ着物作ったろか”ってことで。生地だけ選んで渡して、1週間くらいで作ってくれました」

南條「おめでたい感じでやりたかったんですけど、Twitterのコメントで“『キキララ』みたい”って言われて……思ってたんとちゃいましたね(笑)」

大宮ラクーンで“進化”その理由とは?

――狂言のキャラクターが固まったなと思ったのはいつ頃ですか?

三島「一番最初にガチガチにキャラを固めて、だんだん崩していったイメージです」

――だんだんポップにしていったと。

三島「大阪で最初に呼ばれた営業は、板付き・明転(明かりがついたときにすで舞台にいる状態)で、正座して三つ指立てて“よろしくお願い奉りまする~”って始めてましたから。こんなんでウケるわけない!」

南條「最初の方は“能の方がギャップがあって面白い”と思っていたんですけど、東京来てから……特に大宮に行くようになってから(大宮ラクーンよしもと劇場での活動を中心としたメンバー“大宮セブン”として活動するようになってから)変わりましたね。

営業で行く埼玉県の小さな郵便局の集まりとか、商店街のお祭りとかは、ポンポン小鼓を叩きながら明るく盛り上げないとダメだなと。そういうのを経て、今ちょうどいいバランスになっているんかなって思います。だんだん丸くなったというか」

――大宮ラクーンよしもと劇場は商業施設の中にあり、お笑いに詳しくない人でもフラっと立ち寄れる立地です。お笑いファンではないお客さんのいる舞台に立つことも、転機の一つではないでしょうか。

南條「大宮のお客さんはルミネのお客さんよりも、有名な芸人さんしか知らないパターンが結構多くて。僕らみたいにテレビに出ていない芸人は、お客さんに丁寧に説明しないとダメなんですよ。

ただでさえ着物着て小鼓持ってくる若手なんて異色なんで、それをどうやってお客さんに伝えるのか……っていうのは、だいぶ磨かれました。スベってヤバい空気になる失敗もめっちゃしていますけどね」

――“大宮セブン”の芸人さんの中には、賞レースで勝ち進むメンバー(GAG、マヂカルラブリーなど)も多くいらっしゃいます。特殊な場所にある大宮を主戦場にしていたからこそなんですね。

南條「ちょうどええバランスになるんやと思います。そもそも大宮に出ている芸人さんは、実力はあるけどセンスがいきすぎるあまり一般のお客さんに伝わり切らない部分が多かったりして。大宮で揉まれることによって、(お笑いファン以外にも)伝わるようなスタイルにちょこっとだけマイナーチェンジしたというか。

それをやり続けているからこそ、今みんなが結果を出せたり、前よりよくなっているような気がします。芸人にとってはしんどい場所かもしれないですけど、成長できる場所なんでしょうね」

――今後、どんな芸人になっていきたいですか?

三島「これはずっと変わっていないんですけど、お正月の余興、営業、寄席で華やかな芸を披露できたらなって思います。人としての魅力や面白さがにじみでるような芸人になりたいです」

南條「大阪NSC28期に入ったときの願書に、“息の長い芸人になりたい”って書いているんですよ。今ちょっとだけ注目されているので、これを使わない手はないというか。

長いことやるために顔を売っておいて、いけるところまでグーって上って、ゆっくり下りて死んでいきたい……って思っていたので、降下しないように、しがみついていきたいと思います」

――最後にファンの方にメッセージをお願いします。

三島「目を覚ませ!」

(一同爆笑)

南條「目覚められたら終わるぞ(笑)!」

取材・文:浜瀬将樹

すゑひろがりず SNS情報

南條Twitter:@GSOPnanjo
三島Twitter:@SUEmishima
YouTubeチャンネル:『すゑひろがりず局番』

ライブ配信『夏ひろがりず』

<配信日時>
7月22日(水)配信開始21:00 配信終了22:00
※見逃し視聴は配信開始から24時間後まで※
<概要>
新ネタと、トークの一時間
<出演者>
すゑひろがりず

チケットはコチラ

■そのほか出演情報はコチラ


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