「人生の最期に走馬灯でこのネタがよぎりますようにマジで」
文:ワクサカソウヘイ(文筆業)

極私的に理屈抜きで好きなコントや漫才たちを、あえて「どうして自分はこのネタが好きなのだろうか」とああだこうだ理屈をつけながら考えて、勝手に納得していく連載です。第五回目は佐久間一行のネタ『お菓子工場見学』の純度について、思いを巡らせます。

#5
佐久間一行『お菓子工場見学』

このところ、なんだか起伏のない単調な生活を送っている。
もう長いこと遠くに出かけておらず、誰かと対面で雑談を交わすこともしていない。異物や刺激の混じらない乾いた時間の流れは、実に退屈で、そして妙に窮屈である。
そんな色褪せた日々に息が詰まりそうになった時、私は布団の中で、佐久間一行のネタ『お菓子工場見学』を視聴する。するとどうだろう、目の前に横たわっていたはずの平坦な時間はぐにゃりと歪み、異次元の空間へと放り出されるような感覚に襲われたりする。ドライな夜に陶酔感を与えてくれるこのネタのことが、私は大好きだ。
もし、あなたもピッチの変わらない閉塞的な日々の中にいるのなら、いますぐに『お菓子工場見学』を体感して、解放感をものにしてほしい。言いたいことは、以上である。異界の手触りを、理屈で説明することなど不可能なのだ。
しかし、それでは話が終わってしまうので、どうして自分はこのネタが好きなのか、無理やりに理由を探ってみる。そして気がつく。『お菓子工場見学』の中には、佐久間一行にしか作り出すことのできない「調律の狂った時間」が流れていて、そこに自分は多幸感を得ているのだということに。

ドジョウとカッパの不可解な世界

『お菓子工場見学』は実につかみどころのないネタで、だから言葉で内容を紹介することはなかなかに難しい。それでも強引にあらすじ化を試みるならば、このような感じになる。
ナップザックを背負った男がひとり、お菓子工場見学へと訪れる。
男が進む先に、「お菓子劇場」という看板が備え付けられたモニターが現れる。
そのモニターから、VTRが流れる。軽快な曲とともに、お菓子工場の作業工程を紹介する、紙芝居風のアニメである。
アニメの中の作業員たちが丁寧にひとつひとつのお菓子を作っていると、そこに「まあまあ悪い人」が登場する。そして、商品をつまみ食いしてしまう。
「だって、美味しいから」
その「まあまあ悪い人」は、悪びれることもなく、堂々とそんなことをのたまう。
「じゃあ、しょうがないか!」
作業員の無邪気な笑顔がアップで映し出される。
すると唐突に、頭にハチマキを巻いたドジョウが登場する。
「♪ドジョウのご主人も呆れ顔」
そしてアニメは、急激に終わってしまう。
男は面食らう。なんなんだ、このVTRは。なんで最後、ドジョウなんだ。
それから、アニメは何度もリピートされる。
そのうち、ドジョウの部分がカッパになっているという、アレンジの違うバージョンが現れる。男は「カッパが登場する確率はどのくらいなんだろう」とモニターの中の世界に夢中になっていく。
以上が、『お菓子工場見学』の、おおよそのあらすじである。
いや、こうして文字に起こしてみると、改めて戸惑う。なんて、わけのわからないネタなのだろう。ドジョウとか、カッパとか、私たちはいったい、なにを見せられているのだろう。
だが、このネタには妙な誘引力がある。ナップザックの男が登場し、モニターからひとたびVTRが流れれば、我々はあっという間にその不可解な世界へと取り込まれてしまう。そして、日常では味わうことのできない浮遊感を得たりする。つくづく、不思議なネタである。
『お菓子工場見学』をYouTubeで視聴するたびに私は、とある物語に登場する異世界を思い出す。ネバーランドだ。

『お菓子工場見学』というネバーランド

「空飛ぶ少年」である、ピーター・パン。彼は夜空の向こうからロンドンの街へと現れ、退屈を持て余している子どもたちに誘いの声をかける。一緒にネバーランドへ行かないか、と。


 
ネバーランドは、時間の流れが歪んでいる世界である。そこに滞在しているかぎり、だれも歳を取ることはなく、だからピーター・パンは永遠の少年として生き続けている。
ネバーランドにひとたび足を踏み入れた者は、たちまちに「迷子」になってしまう。海賊やら妖精やらワニやら人魚やらが脈略もなく現れる世界を、永遠に彷徨い続けることになる。倫理や道徳が崩壊した起伏だらけの世界で、胸を躍らせながら毎日を過ごす。
そんなネバーランドの景色が、『お菓子工場見学』のネタの中に現れることがある。そこで「迷子」になってしまうのは、他でもない、視聴者である我々だ。
動画の、三分を過ぎた辺りのパートを確認してほしい。
それまで、モニターから流れるアニメを締めくくるのは、ほとんどドジョウだった。でも、一回だけドジョウに代わってカッパが登場していたので、男はスマホで検索を行う。カッパの出現率を調べようとしているのだ。その隙に、またアニメが放映される。すると意表を突き、「まあまあ悪い人」の部分がカッパになっているバージョンが現れる。
その瞬間、客席から「ああ~!」という声が一斉に上がる。
なんという長閑で平和的な光景だろう。カッパが出てきて、「ああ~!」って。
そう、そこに広がっている非常に無意味な世界に、すでに観客の全員が夢中になってしまっているのである。みんな、そこにある調律の狂った時間の中で、「迷子」になってしまっているのである。
ここに私は、ネバーランドの景色を見る。誰もが「ドジョウが出てくるのか、カッパが出てくるのか」という奇異な設問に取り込まれている様子に、多幸感を覚えてしまう。日常からはぐれた先にある、永遠に無垢であることを許された世界の存在に、胸を躍らせてしまう。
佐久間一行はピーター・パンのように、水先案内人となって、我々を違う時間の流れの中へと連れ去ってくれる。
私は『お菓子工場見学』のネタ動画を視聴することで、この退屈な日々から時折に逸脱を果たしている。
そしてカッパが登場するたびに、「ああ~!」と胸の中で無邪気に声を上げたりしている。

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執筆者プロフィール
ワクサカソウヘイ
文筆業。東京生まれ。
主な著書に『今日もひとり、ディズニーランドで』、『ふざける力』、『夜の墓場で反省会』、『ヤバイ鳥』などがある。
YouTubeでネタ動画ばかりを視聴して毎日を過ごしています。

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