「葛藤」「家族」、そして「青春」。
一人の人間になるために必要なものすべて(2/3)

前回は、小説『人間』の主人公、永山と仲間たちの境遇や、彼らが共同生活を送っていたハウスの環境を、それぞれ自身の過去に重ね、悶々とする心情を振り返った宮藤官九郎さんと又吉直樹。作中のナカノタイチとポーズ・影島のやりとりを通して、何かを生み出そうとする人にとって何が“フツー”で何が“フツーじゃない”かを語り合った。笑い声に包まれながら、まだまだ二人の話は尽きない。それから話は、書き手としてのそれぞれの創作秘話、そしてどんな時も自分を見守ってくれる家族へと及んで……。
(2020年3月14日収録)

「葛藤」「家族」、そして「青春」。一人の人間になるために必要なものすべて(1/3)はこちら
 

ずっと自分のことは知られたくなかった
だけど文字にしたら止まらなかった


又吉 ナカノタイチとポーズ・影島の長いやりとりを面白いと言ってくださいましたが、宮藤さんは、没頭するという何かに入り込んでしまうことはありますか?

宮藤 朝ドラの『あまちゃん』の時はありましたね。物語を書くことがルーティーンになっていて、俺の生活と北三陸の生活の境目がわからなくなってきちゃって。自分は今ここにいるけど、毎日知らない町のことを書いていて、やってるうちに俺はどっちにいるんだろうなって(笑)。

又吉 はい。感覚として身体に残ってるんですね。

宮藤 そうなんです。それがロスっていう感覚につながるんじゃないかって、わかった気がしました。考えなくてもいいのに考えちゃう。毎日ずっと同じ夢を見てたのに見なくなっちゃったし、もう見なくていいって言われちゃった感覚。

又吉 自然とそうやって入り込んでいく方が、作品にとってはいいんですか?

宮藤 ん〜、作品によってかもしれないですね。大河ドラマの『いだてん』の後半は、他の仕事をせずに集中していて、他のこと考えなくていい状態だったんで、仕上げるスピードが速くなっていきました。もう少しゆっくりやっていたら、あまりうまくいかなかったのかなと今は思いますね。『人間』の連載はどれくらい続けたんですか?

又吉 月曜から土曜までを10ヶ月くらい。一回で2000字、原稿用紙2枚半くらいの文字数です。

宮藤 よく他のことができましたね!

又吉 メールを見返すと、ストックを持たずに1日2本くらい送ってました。一番やばい時は、3日後に掲載する原稿を今日中に提出しなければいけなくて。その時は、僕は延々書いていく作業のメリット、デメリットが半々みたいな感じ。その日見たもの、聞いた話などの現実をちょっと広げて取り込んでいくこともできました。一方で締め切りを守って書くことは大変でしたね。宮藤さんは物語を書くときに、小説と演劇で自分を使い分けていますか?

宮藤 使い分けていると言うか、自分のことを書かないですね。僕は自分のこと好きじゃないし、自分自身のことを考えるのがつらい。それより周りの人はどうなんだろうって考えちゃうから、自分以外の人のことをよく見ます。脚本家の日常を教えてほしいと言われたら、「すみません、何も出てきません」ってなっちゃう。

又吉 確かに、宮藤さんの内面って誰もちゃんと見たことないような。

宮藤 見たことないと思う。僕も見たくないから決して人にお知らせしない(笑)。人の文句とか悩みとか聞くのが好きだけど、コラムとかエッセイ以外で俺ってこうだよねって語ったことがない。又吉さんは今のところ、自分がやっている仕事の範囲の中で、知らないことに行くことはしないですよね。「サラリーマンの日常」を書かないじゃないですか。知ってるからこそ掘り下げ方がハンパない。普段から考えていることがしっかり言語化されていると思う。又吉さんは一貫してますよね?

又吉 今のところ、そうですね。『火花』と『劇場』が創作する人の話だったので、その繋がりで三作目の『人間』でそんな話を完結させたいなと。これからは違うことも書くとは思うんですけど、今のところ全部そうですね。全員抱えている悩みが似ている。

宮藤 似ているのに、一緒の感じがしない。似ていても、キメが細かくなっている気がします。才能があるかないかって、僕はぼやかして生きてきたんで、永山の物語が刺さる。確かに俺も葛藤を抱えていても、こんなふうに文章にしてなかったなって。

又吉 それは芸人が、才能ないからといってゲームオーバーにならない職業だからかもしれません。そんな職業って珍しいし、トクですよね。才能がないっていうことが、最初のボケになる可能性がある。

宮藤 なるほど。何やってもダメってことでいじられる、とか。


又吉 何やってもダメなことがボケになって初めて、キャラが立ち上がることがあるわけです。なので、『人間』では僕を全部さらけ出すことが、ボケになりやすいかなと思って書いたんです。僕の場合は書く時と芸風では違っていて。ピースで活動している時は自分のことをほとんど言いません。「子供の頃の話は、言いたくないですね」「親をテレビには出したくないですね」って言うわがままなタイプの芸人(笑)。自分のことを知られたらお笑いがやりにくくなるって思ってやってきたのに、書いたら止まらんってなって(笑)。

宮藤 うん、フラットにコントを見てほしいと思うと、私生活は時に邪魔になりますね。

又吉 僕が作るコントには、6割くらいで妖怪が出てきますし(笑)。自分自身じゃない話やまったく違うキャラをやることが多いですね。ただ小説に書くと、自分がかたくなに拒んでいたことが、そのままではないけれどすごく近いテーマとして出てくる。

宮藤 だから、読む人はこの物語は又吉さんのことを書いてるって思いますよね。単に小説を書いているのとちょっと違う感じじゃないですか?

又吉 そうですね。僕は人が書いたものを読んでも「これ俺っぽいな」って思うこともありますし、『火花』と『劇場』の主人公は僕じゃないけど僕。近いけど同じじゃない。『人間』では、「これ僕です!」って言えるものを書いたらどうなんやろっていう考えはありました。読んでいる人が、わけわからんようになったら面白いなって。

宮藤 自然と又吉さんのビジュアルを想像して読みました。筋書きやディテールなど、どこまで細かく決めて書いたんですか?

又吉 ほとんど決めてないです。東京の話から始まって、最終的に南の方に行きそうです、でもどうやって行くかはわかりません、みたいな(笑)。

宮藤 へぇ〜、すごいな! 沖縄に行ったのはけっこう最後の方ですよね?

又吉 そうですね。

宮藤 沖縄での家族の話が素敵だったし、永山のお父さん、すごくよかったですよね。又吉さんのお父さんもああいう感じなんですか?

又吉 僕のお父さんもああいう感じですね(笑)。両親には、最初からあまり干渉されなくて。積極的に僕の仕事を追うようなタイプではなかったです。

芸の道に進む息子は恥ずかしい!?
どんなときも変わらない親の本心

宮藤 僕の地元では、どうやら文房具屋の息子が演劇をやっていて、食えてるんだか食えてないんだかみたいな話が出ることもあったようで、僕の名前がある程度世に出るようになってから、母親が「うちの息子が!」って豹変しましたね(笑)。

又吉 普通、子供が演劇や芸をやってるって、親は恥ずかしいですよね。僕もはじめは、親が僕の仕事に興味を持ってないって思ってたんですけど、実家に帰ったら、当時僕が連載していた1冊2500円くらいする「これ誰が読むねん」みたいな雑誌が全部揃っていて。それを見てからは、毎月母親に向けて連載を書くようになって。他に誰も読んでないだろうし、誰にも感想を言われたことないから、「一番尊敬してるのはやっぱり母だ」みたいなことを書いたりして(笑)。

宮藤 なんだかんだ親は見ていてくれるもんですよね。うちの母親はもともとすごく寛容なのですが、18歳まで厳しく育てられた父には演劇の道に進むことは言えないと思っていました。大学に行くのはしんどいし、一回休学して演劇だけをやりたいと言っても、両親は理解できないし、こちらもこちらで理解できないだろうと思っていたし、だからどんなことをやりたいかもあまり説明もしなかったんです。それから父が亡くなった後聞いた話では、父も認めてくれてはいたみたいです。母親は何回か東京まで芝居を観に来てくれました。

又吉 うれしいですね。

宮藤 でも、感想はいつも一緒で「お父さんに似てきた」(笑)。作品を観てほしいのにそればかり。「あの役で出てきたときのあなたが、いちばんお父さんに似てた」って。お父さんに似て俺の芝居は完成なのかって(笑)。

又吉 あはは、稽古ではどうにもならんところですもんね(笑)。

宮藤 でも、しっかり親に育ててもらったのに、こちらから切り離してこうして東京で生活していることには罪悪感もちょっとあって。俺は親に反発していきなり出てきたわけでもないし、むしろ応援されているのに、自分を追い込んだつもりで年に一回しか帰らないぞと、自分に課していたことが今ちょっと恥ずかしいなと。その間も母親から「あれ観たよ」って手紙や電話をもらったりしてるのに。

又吉 すごく共感できますね。姉から聞いた話なんですけど、母親が自分の故郷に帰って息子が吉本で芸人をやっていると話すと、親戚の子どもたちが盛り上がったらしいんですが、又吉だと明かしたら「なんだ又吉か」と言われたようで(笑)。まあ親戚だからいいけど、普通親の前で言う? って思って、母親はどんな気持ちだったんやろうかって。

宮藤 親はスタンスがずっと変わらないですよね。

又吉 変わらないですね。母親もこんなこと言われたなんて僕に言って来ないから、なんか悪いなって思いました。

宮藤 悪いなって思うことは多々ありますよ。俺も親孝行したいなって思うけど、何が親孝行かわからない。うちの母親は歌舞伎がすごく好きで、東京や地方にも出向いて観ているくらいなんですが、僕が2009年に歌舞伎座の演目を作らせていただくことになったんですよ。親孝行の機会になるとなんとなく思いながらも、『大江戸りびんぐでっど』というものでゾンビが出てくる歌舞伎が出来上がりました。母親に合わせて普通の歌舞伎を作ってもなんだしね(笑)。最終的に「歌舞伎役者を使って好きなことできて幸せものだ」って褒めてくれました。

又吉 それはだいぶ親孝行じゃないですか。

宮藤 だといいですけどね。母親はどう思ったのかな。大河ドラマもホントは『麒麟が来る』をやってほしかったかもしれないし……。どうすればこの仕事で親を喜ばせられるか、わからないですよね。

――二人が思う青春、そして「青春のその後」とは? Vol.3 へ続く

構成・文/力石恒元
撮影/越川麻希
 

宮藤官九郎
1970年宮城県生まれ。松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」に所属し、俳優として活躍するかたわら、脚本家、演出家、映画監督、ミュージシャンとさまざまな顔を持つ。脚本を担当した主な代表作はドラマ『木更津キャッツアイ』『ゆとりですがなにか』『監獄のお姫さま』、映画『謝罪の王様』『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』(監督も)『パンク侍、斬られて候』など。2013年上期の連続テレビ小説『あまちゃん』では、2013年新語・流行語大賞のほか、さまざまな賞を受賞した。2019年は、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の脚本を担当。
http://otonakeikaku.jp/stage/2020/womens14/

又吉直樹
1980年大阪府生まれ。2003年に、綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。芸人のほか、俳優やコメンテーターとして活動の場を広げ、2015年に中編小説『火花』(文藝春秋刊)で純文学デビューを果たす。同年、お笑い芸人として初めて芥川賞を受賞し、単行本の発行累計部数は300万部を超えた。その後に執筆した著書『劇場』(新潮社刊)も注目を集め、この度映画化される。2019年10月に最新作『人間』(毎日新聞出版刊)をリリースし、話題を呼んでいる。

書籍情報

『人間』 又吉直樹 著

出典: 毎日新聞出版

僕達は人間をやるのが下手だ。
38歳の誕生日に届いた、ある騒動の報せ。
何者かになろうとあがいた季節の果てで、かつての若者達を待ち受けていたものとは?
初の長編小説にして代表作、誕生!!
定価:本体1,400円(税別)
発行:毎日新聞出版

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