「葛藤」「家族」、そして「青春」。
一人の人間になるために必要なものすべて(1/3)

又吉直樹の三作目の著書『人間』(毎日新聞出版)のリリースを記念して、本作の物語に関わる“青春とその後の人生”をテーマに、脚本家や俳優、ミュージシャンとさまざまな顔を持つ宮藤官九郎さんと対談を実施! 場所は、とある会議室。テレビ番組でも共演をし、仲の良い二人は世間話をしながら和やかに入場。準備もそこそこに、『人間』を手にした宮藤さんが読んだばかりの本著について語り始める──主人公・永山と彼を取り巻く登場人物たち。なりたいものはあっても何者でもない。誰もが通過点として心に刻む妙なモヤモヤを宿した時間が語られていく。二人は学生時代や下積み時代を振り返りながら、群像劇『人間』に思い出を重ねていく。
(2020年3月14日収録)

何者かになろうとしている人に刺さる
才能を疑う若者の代弁者

宮藤 僕は日芸(日本大学芸術学部)に通っていたんですけど、最初の頃ふと思ったことがあって。みんな芸術家になろうとして、大学で芸術を教えてもらってるんだけど、ここに教えてに来てる先生って、芸術だけでは食えてない人なんじゃないかって…。そういう矛盾みたいなものを、若い頃に考えると、どんどんわからなくなってきて、ここで勉強することにどれくらい意味があるんだろうと考えてしまったんです。

又吉 はい、その感じ、わかります。

宮藤 新しいキャンパスが埼玉の、田んぼの真ん中にぽつんとあって、そこへ向かう通学のバスの中で交わされる映画監督の名前を一個も知らない自分。「やばい、知らない」と思いながら、「この人たちと俺は、監督を知ってる知らないだけで、何も違わないんだよな」とか焦りながら自分を肯定したり。

又吉 監督や映画の名前という情報を知ってるだけで、その作品に自分が深く結びついてるわけじゃなかったりしますよね。

宮藤 そうですね。フェリーニの名前はよく聞いたなぁ。『8 1/2』と『道』ね。でも「それ、いつ見たの?」って訊けないじゃないですか。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいにテレビでやってないでしょって(笑)。

又吉 あはは。その時に、「僕たちに教えてくれる先生たちが暇なんだよなぁ」って思えるかどうかが重要だと思うんですよね。僕も吉本の養成所に通っていて、どの先生もいい感じのことをおっしゃってくださるんですけど、先生の方たちもどこかでその状況という関係性を疑っていたと思うんです。実際、本当に必要なものをすべて教えられると思っている人がいたとしたら、その人って逆に変な人じゃないですか。

宮藤 ですね。自分が何者なのかわからないけど、何かを目指してる。その何かになりたい人同士が、「俺とお前は違うんだ」という距離感で暮らしていて、自分の方がちょっとでも優位に立ちたいという気持ちもあって。若い時のああいう状況、心情ってしんどいですよね。芸人さんも似たような部分があるじゃないですか。

又吉 はい、あります。

宮藤 仲良くするのも変ですし、仲良しでやってるわけじゃないけど、だからといってずっとギラギラしっぱなしでも辛いし。この世界が好きで入ったはずなのに、この世界の人のことをあまり好きじゃない感じというか。すごく共感しました。共感しすぎて、「もうあの頃に戻りたくない!」ってなりました(笑)。

又吉 あはは、そんなに共感してくださったんですね。

宮藤 ええ。僕はそういう意味で言ったら判断早かったですね。大学の先生にゼミを落とされた時に、理由を聞きに言ったんです。そうしたら「君に教えることはあまりないし、教えても、その通りにやらないからだ」って。そこで「じゃあ、行かなくていいんだ」となって、大学に行かなくなったんです。

又吉 そこで自分の気持ちを確認できた。

宮藤 そうなんです。で、そんな僕の限られたキャンパスライフで経験したことを思い出して、永山のシチュエーションがぐっと心に入って来ました。俺が大学入った年に、学食で4〜5人のグループと一緒になったんです。彼らは福生に、まさにハウスのような部屋を借りて自由に創作活動をしようって言っていて。映画を作りたい人、絵を描きたい人、あと何をしたいかわからない人とその彼女で住むっていうんです。

又吉 宮藤さんも共同生活をやってみたいと思ったんですか?

宮藤 少し興味はあった。ただ、とにかくルー・リードとヴェルヴェット・アンダーグラウンドが好きということを何度も言われて、俺は話全体がピンと来ないからただ聞いているだけで(笑)。俺も誘われたんですけど、下宿に住み始めたばかりだしなーって(笑)。結局、誰もそこには住まなかったと思います。今思えば、自分も永山のようになってたのかもなって、こんなエピソードを思い出して。ハウスみたいな生活に憧れてるの、俺だけじゃなかったんだって。又吉さんは何から着想を得たんですか?

又吉 僕も昔、何人かで借りて住んでいる吉祥寺の一軒家に行ったことがあって。ある日井の頭公園でウッドベースを練習している青年がいて、そこまで興味はなかったんですけど、ずっと聴いてたら飯にありつけそうな予感がしたんですよ(笑)。それで、話してみたら数人で一緒に住んでるって言うので家に行きました。そこには、絵描いてる人もいたり、女性もいたり、「ここで恋愛したらしんどそうだな…」っていう印象があったんですよね。その当時の感じから、物語を考えていきました。

宮藤 うんうん。恋愛できる状況を作っておいて、あえて恋愛しないって一種の気持ち悪さがありますよね。そういう人たちに対して、と言ったら変だけど、目線がシニカルですよね。

又吉 気持ちは半々なんですよね。憧れもあるし、憧れてるからこそ「なんなんそれ」「それ面白いの?」みたいなことも同時に思ってしまう。

宮藤 うんうん。そして物語では、仲野が裏切って、先輩の飯島さんに自分の彼女が取られちゃって……まだ何者でもないのに、彼女も失ってちゃって、ほんとキツいですよ。男としてもアーティストとしても才能ないのかと言われているようで。僕も才能があるかないかを気にしていた20代を経験したので、そんな時期の若者のすべてを言葉にしてしまう又吉さんの才能がすごい。才能がない人の気持ちを代弁する天才ですよね(笑)。

又吉 「ダメだな自分」って思ってた時期がずっとあるんで(笑)。

フツーだと思っていたことが
フツーじゃなくなった境界を描いていく

宮藤 物語の中で印象に残っているのが、コラムを書いたナカノタイチ(仲野)とそれに反論する芸人、ポーズ・影島の一連のやりとりです。あれは面白かった。ああいうこと言うコラムニストやライター、ムカつきますよね(笑)。「芸人なのに笑いを一切やらなかったから笑いをやめたのか」みたいなことを、又吉さんも書かれたことあるんですか?

又吉 あります。

宮藤 反論はしてないですよね?

又吉 してないですけど、したくなることはあります。

宮藤 反論を文章で書きます?

又吉 僕は、新聞とかエッセイとか書けるところがあったら、自分の考え方をけっこう表明しますね。

宮藤 書くのはここまでにしよう、とか怖くなったりしないんですか?

又吉 僕の場合は、全部吐き出して、最後に取ってつけたようなボケを足して「嘘ですよ〜」みたいな感じにします。途中でホンマに思ってること言って、ちゃんと殴り返した後に「怒ってません〜」みたいな風にやることが多いです(笑)。宮藤さんは、そういうことはやらないですか?

宮藤 怒ってる自分にだんだん冷めて来るんですよね。あと言葉にうまくできないからもういいやって思って、この怒りを違う形にしようと諦めちゃったり。冷静になってくると記事を読んだ自分が悪い、もう読まないようにしようと反省しちゃう。でも最近は、もし何かの記事で自分の名前を載せて悪口言ってる人がいたらメモって覚えておいて、取材などで記者から名刺をもらって同一人物だと気づいた時、なんかしてやろうって(笑)。何をするかは決めてないけど。丁寧な口調だけど「おまえ」呼ばわりしてやろうかなとか、今のところ、その程度ですね(笑)。

又吉 なるほど。腹が立ってる間に、もういいやってなるのがいいですね。宮藤さんらしいです。

宮藤 ならないですか? ポーズ・影島のように、向こうはこう思ってるんだろうから、先回りして先に反論を書くってすごいなって(笑)。

又吉 そういう何気なしに人のことを書いてしまうナカノタイチの方が普通の範疇だと思うんです。なので、彼に共感する人がいるだろうと思って書いてるところがあって、むしろそれに反論しているポーズ・影島の方が途中からおかしい。変なことを言ってきたやつを正しながら、気づいたらそれ以上に変なことを言いだしている、という方が面白いかなって。

宮藤 うん、二人がやりとりをしながら、明らかにおかしくなっていってますもんね。常軌を逸している。

又吉 全部ぶちまけるみたいな感じですね。

宮藤 これ新聞の連載でしたよね?

又吉 はい、毎日新聞で書いていました。

宮藤 ナカノタイチとポーズ・影島のやりとりの日だけを読んだ人は、「これはいったい何に怒ってるんだろう」って思いますよね(笑)。

又吉 はい(笑)。

宮藤 メールの反論がずっと続くみたいな。又吉さん、すごいことするなぁ。

――それぞれの創作秘話や家族について語られる、Vol.2 へ続く

構成・文/力石恒元
撮影/越川麻希
 

宮藤官九郎
1970年宮城県生まれ。松尾スズキが主宰する劇団「大人計画」に所属し、俳優として活躍するかたわら、脚本家、演出家、映画監督、ミュージシャンとさまざまな顔を持つ。脚本を担当した主な代表作はドラマ『木更津キャッツアイ』『ゆとりですがなにか』『監獄のお姫さま』、映画『謝罪の王様』『TOO YOUNG TO DIE!若くして死ぬ』(監督も)『パンク侍、斬られて候』など。2013年上期の連続テレビ小説『あまちゃん』では、2013年新語・流行語大賞のほか、さまざまな賞を受賞した。2019年は、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の脚本を担当。
http://otonakeikaku.jp/stage/2020/womens14/

又吉直樹
1980年大阪府生まれ。2003年に、綾部祐二とお笑いコンビ「ピース」を結成。芸人のほか、俳優やコメンテーターとして活動の場を広げ、2015年に中編小説『火花』(文藝春秋刊)で純文学デビューを果たす。同年、お笑い芸人として初めて芥川賞を受賞し、単行本の発行累計部数は300万部を超えた。その後に執筆した著書『劇場』(新潮社刊)も注目を集め、この度映画化される。2019年10月に最新作『人間』(毎日新聞出版刊)をリリースし、話題を呼んでいる。

書籍情報

『人間』 又吉直樹 著

出典: 毎日新聞出版


僕達は人間をやるのが下手だ。
38歳の誕生日に届いた、ある騒動の報せ。
何者かになろうとあがいた季節の果てで、かつての若者達を待ち受けていたものとは?
初の長編小説にして代表作、誕生!!
定価:本体1,400円(税別)
発行:毎日新聞出版

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