上方落語界の重鎮・桂きん枝が、師匠の先代小文枝(のちの五代目 桂文枝)の命日である3月12日(火)に、『四代 桂小文枝』を襲名。なんばグランド花月にて『桂きん枝改メ 四代 桂小文枝 襲名披露公演』が開催されました。

桂文枝、月亭八方…人気落語家たちの豪華競演!

先陣を切ったのは、弟弟子の桂坊枝。「こんな晴れがましいところでやらせていただく機会はめったにない」と笑顔で話し、披露したのは『時うどん』。トップバッターらしく、勢いのある落語でしっかり会場を温めました。

続いて、桂文珍の登場です。きん枝のことは「べんちゃん」と愛称で呼ぶほどの仲で、修行時代の2人の思い出などを明かすと会場からは笑いが起こります。そして「これからも、どうぞご贔屓たまわりますように、弟弟子の方からもよろしくお願いいたします」と挨拶すると、大きな拍手が起こりました。

最近話題の事件や、スマホやパソコンを使いこなせない世代の姿、流行中のカタカナ言葉を取り入れた『メディアの海』を披露します。ゆっくりとした語り口でどんどん笑いを取り、安定感を見せます。ネタには伝説の師匠たちも登場し、今日の襲名披露をお祝いするなど、おめでたい噺に会場は笑いに包まれました。

続いては月亭八方。「うれしゅうございます」と話し始めたかと思うと「これで桂きん枝もしっかりするかな、と思うと」と言葉を続け、会場は爆笑です。サイコロに化けた狸を使って悪巧みする男の噺『狸賽(たぬさい)』を聞かせてくれました。

桂春團治は「初代も二代目も三代目もやってない落語をやる。私以外にこの噺をやる落語家はいません」と力強く言い切ります。しかし、「理由があります。しょーもない噺やから」と続け、会場は爆笑です。そして「題名を覚えてもらわなあかん」と始まったのが『死ぬなら今』。金の力で何とかしようとする男の地獄でのやりとりを、笑いいっぱいに聞かせてくれました。

中入り前、高座に上がったのは兄弟子でもある桂文枝。舞台に姿を現すと、一礼。そして、座る前にもう一礼し、その度に大きな拍手が起こります。

披露したのは、銀座生まれの妻と大阪生まれの夫の爆笑やりとりが続く『大・大阪辞典』。東京、大阪の言葉の違い、文化の違いが生み出す笑いをたっぷりと聞かせます。会場に詰めかけた観客も、我が事のように、大笑いしていました。

口上にも豪華メンバーが集結!

中入りをはさんで、口上へ。まずは司会の桂坊枝が来場者にお礼をし、27年ぶりに小文枝の名が復活することや、文枝・小文枝の二枚看板が一緒に舞台に上がるのは114年ぶりであることを、興奮気味に伝えます。

さらにこの記念すべき日が、先代である五代目 桂文枝(三代目 桂小文枝)の15回目の命日であると告げ、「まずはお礼とご挨拶を」と六代 桂文枝にバトンタッチ。

桂文枝は、「これまではきん枝、きん枝と呼んでいた、でも小文枝とは呼べない」と話し、「今日から一門の皆さんにも、小文枝師匠と呼んでもらいたい。私も小文枝師匠と呼びます」と神妙な面持ち。

と思いきや、「ただ、この小文枝師匠はちょっとアホです」とつぶやき、爆笑を誘います。そこから、きん枝時代に選挙に挑戦した際のおもしろエピソードを次々と暴露して小文枝をイジり倒しますが、最後は「これからも支えていきたいので、どうかよろしくお願いいたします」と締めくくりました。

続いては笑福亭を代表して、上方落語協会会長・笑福亭仁智が挨拶。まずは、自身が去年6月から会長をやっていることを話しますが「(会長に)なってからろくなこと、ございません」とポツリ。天満天神繁昌亭の改修などに大きなお金がかかるとぼやき、「小文枝への襲名のご祝儀を、良ければ上方落語協会へよろしくお願い申し上げます!」と絶叫。

そして、「ということでご挨拶は……おめでとうございます」と、あっさりしたお祝いの言葉でもうひと笑いさせたあと、「上方落語協会ともども、新桂小文枝にご期待いただきたい」とエールを送りました。

盟友・八方からもお祝い(?)の言葉が

続いては、坊枝から「『ヤングおー!おー!(テレビ番組)』で、若手落語家ユニット『ザ・パンダ』として人気を博し、先輩ではあるが大の仲良し」と紹介された月亭八方です。

「きん枝のことばっかり気にしていたお母さん、今日もきっと観てるはず」と切り出し、良い話をするのかと思いきや、暴露話を連発。そして「小文枝になったなと思ったのは、今日一番楽屋入りが早かったこと」と話し、さらに「(責任を)自覚したんかと思い感心してたら、(早めに来て)ご祝儀集めなあかんからやった……」と笑わせます。しかし「早く来たのは事実!」と続け、「ご贔屓いただきますよう、お願い申し上げる次第でございます」と挨拶を締めくくりました。

「きんちゃん、らくちゃんと呼び合っている仲」というのは、三遊亭円楽。歳も修業もほぼ同期の仲間と話し、京都で初めて勉強会をやるときに「楽ちゃん手伝ってくれないか」と電話をかけてきたそう。円楽に相談した理由は「友達がいないから」で、「そのときに気が合うなと(思った)」と話し、笑いを誘います。そして「これから本当の小文枝を作り上げるのは本人の責任、育て上げるのはお客様の責任」と期待を込めました。

大阪の大名跡を昨年襲名した四代目 桂春團治は「若い頃からよう似てると言われた」と話し、その理由として誰よりも師匠思い、それからアバウトな性格、横着なところと続け、笑わせます。そして「誰からも桂きん枝の悪口を聞いたことがなく、羨ましい」と続け、「その点、私は悪口だらけ」と話すと会場はもうひと笑い。

そして「師匠の名前を襲名させていただいた先輩としてご忠告」と話したのは「幸せのピークはただいま限り。このあと先代の芸と人間性を比べられ、あっちでイジられ、こっちでおもちゃにされ……気の毒やなぁ、こんなんやったら襲名すんのやなかったと思う日もあると思います」という実体験に基づくアドバイスに、爆笑が起こります。最後は「三代目 春團治一門を代表して、お祝いを申し上げる次第です」と締めました。

ラストは「普段からざこば兄ちゃんと慕い、可愛がってもらっている」と、坊枝が紹介した桂ざこば。米朝一門を代表しての挨拶です。「本日は本当におめでとうございます、うれしいです、何がうれしいって……うれしいんです、しゃーない」といきなりのざこば節。

そして、米朝師匠が「きん枝くんはええやっちゃ」と褒めていたと言ったそばから、「すみません、私うそ言いました」と言いたい放題。そこからも「三代小文枝くんが……え? 四代?」と爆笑の連続。最後はこれから襲名披露公演を全国で行なうことを話し「どこかで見はったら、また来てやってください!」とエール。ラストはざこばの掛け声とともに会場全員で大阪締めを行ない、口上を締めくくりました。

中入り後は三遊亭円楽が落語を披露

口上のあとは東京から駆けつけた三遊亭円楽。「酒は陽気にわっと飲むのがいい。今日は居残りをして、大阪の酒を飲んで帰ろうと思ってます」と話し、「今日も乾杯のあと、『たくさん笑ってくれていいお客さんだった』って(振り返りたい)。いいお客さんだった……」と会場にチラチラ視線を送りながら繰り返すと、笑いが広がります。

しかし、拍手が止むと「いい客でなくても飲めます」と言い切り、ひときわ大きな笑いが起こっていました。披露したのは、銭が無い男たちが、酒のアテを持ち寄る様子をおもしろおかしいやりとりで聞かせる『寄合酒(よりあいざけ)』。テンポの良い江戸弁がなんばグランド花月に響くと、観客は大いに盛り上がりました。

いよいよ小文枝が落語「天神山」を披露!

そしていよいよ、桂小文枝がステージへ。割れんばかりの拍手のなか、ゆっくり中央まで進むと「18歳でこの世界に足を踏み入れ、50年になった」としみじみ話し始めます。「非常にできの悪い弟子でした」と師匠との思い出を振り返り、「あんまり怒らん師匠なんですが、手を上げたのは私を置いてほかにない」と自身の若い頃についても言及。弟子としてあるまじき行為の数々を告白し、笑いを取ります。

それからも、落語のことを一切知らずに弟子入りしたことや、稽古の時間は、師匠が叩くための物差しを手にするので、「稽古しそうな雰囲気になると表に逃げた」など、若かりし頃の思い出話を披露しました。

「そして春らしい噺を」と始めたのは『天神山』。「ヘンチキの源助」と呼ばれる男が花見に出かけますが、その行き先はお墓という珍妙な道中でのやりとりから、噺が始まります。終盤には映像で凝った演出もあるなど、この噺をしっかりとやり切ると、会場から大きな拍手が起こりました。

小文枝は「あと何年小文枝でいられるかわかりませんが、師匠に近づけるよう一歩一歩精進して参ります、どうもありがとうございました」と挨拶。会場はひときわ大きな拍手に包まれ、襲名披露公演は幕を下ろしました。

襲名後、初の囲み取材では…

公演終了後、襲名後初となる囲み取材では、まず『天神山』を選んだことについて「春先ですし、うちの師匠もやってはったネタやし」と話し、3月に入ってからこのネタに決めたことを明かしました。終盤の映像演出については、以前からNGK(なんばグランド花月)にある大型の映像装置を使って何かしたいと考えていたそうで、「よかったんちゃうかな」と笑顔。

3月12日という師匠の命日については「我々一門にとって大事な日、何かするならこの日と決めていた」ときっぱり。師匠が見ていたとしたら何と言うと思うか?という質問には、「きん枝〜おまえか〜! まあええんちゃうか〜、みたいなもんちゃいまっか」と笑わせました。

出馬については「1万%出ない!」と断言

小文枝という名前については「ウチの師匠は、40年近く小文枝という名前に愛着もってやってはりましたんで、それには届かんと思いますけど、次につないでいくという気持ちでいっぱい。小文枝という名前を大事にしていきたいなと思います」と神妙な面持ち。この名前で呼ばれることについては、「小骨が刺さってるような……自分でもまだ慣れない」と正直な感想。照れくさい?という質問には「かまぼこやなしにちくわみたい。板についてまへん」と、上手い表現で笑わせました。

出囃子が師匠の『軒簾(のきすだれ)』だったことについては、特に打ち合わせもしていなかったそうで、「小文枝=軒簾のイメージがあったから」と明かしました。そして今日の口上については、「あんなもん、大阪ではやらかい(柔らかい)方。もっとすごいの出るかなと思ってたけど、手加減してもらった」とホッとした様子。

選挙には?という質問には「1万%出ない! 政治の世界はあれでお終いです」と断言。そして「無茶者ですけど、ついた師匠や一門がよかった、いい人に巡り会えたというのが人生で感じること」とこれまでを振り返り、「本来なら私が小文枝を継ぐというのはなかった。なんぼでもいい人材がいてますし」と話しました。

これまでの名「きん枝」については「欲しい人がいたら」

そして「この歳ですから笑いはもういいかな、笑いは若いもんに。目剥いて、歯剥いて笑いとることもないし……というのが今の心境。やりたいなぁと思うのは、『たちぎれ』とか『子はかすがい』とか」と、これからチャレンジしたい演目についても言及。

最後に、これまで50年やってきた『きん枝』という名前については「愛着がないというと嘘になる」と話しつつも、「前を捨てんことには、新しいもんは立てられない」と前を向き、「なんなら欲しいという人にあげよかな。噺家の名前やから、他の一門でも欲しい人があったらあげてもいいけどな」と、らしさいっぱいのコメントで締めくくりました。

『きん枝改メ 四代 桂小文枝 襲名披露公演』は、今回の公演を皮切りに北は札幌、南は熊本まで、全国20公演以上の開催が予定されています。襲名によって、さらなる話芸の高みを目指す桂小文枝。ぜひ会場へと足を運んで、その噺をお楽しみください!