お笑い芸人でありながら、そのアート活動は芸人の枠を大きく超え、世界最大の美術市場である『Artexpo New York』で最も注目する5人に選出されたりと、今や世界に大きく羽ばたいているくっきー。国内外で活躍するくっきーの、これまでのアート活動を網羅的に掲載した作品集『くっきずむ』も発売。
そんなくっきーがファンを公言する岡本太郎の記念館の館長であり、空間メディアプロデューサーとしても活躍中の平野暁臣氏とのスペシャル対談が実現しました。

岡本太郎記念館で行なわれたこの日の対談は、平野氏がくっきーを案内するところからスタート。当時のままに“冷凍保存”されている絵画アトリエでは、「ここにあるのは描きかけばかり。若い頃には緻密な絵を描いていたのに、晩年になるとこどもの絵みたいになるんです。最後はもうグリグリって眼玉だけ、みたいな」と解説する平野氏の言葉に「つきつめてそうなったんですかね?すごいなぁ」と感心することしきりのくっきー。
岡本太郎も好きでよく弾いていたという、日本に十数台しかない貴重なピアノを弾かせてもらったり、『坐ることを拒否する椅子』に実際に座って「確かにイヤ~な座り心地ですね(笑)」と感想を述べたりと、館内をじっくり見て回ったあとは、いよいよ対談へ。「なぜ絵を描くのか」という、くっきーの創作活動の原点とも言える核心部分に迫った、貴重な対談となりました。

お笑いもアートも、根っこの部分は一緒?

平野「今日は人気お笑いコンビ、野性爆弾のくっきーさんをお招きしています。お笑い芸人としても大好きだけど、それ以上に興味があるのはアーティストの側面。先日も世界最大級のアートの祭典『Artexpo New York』で大きな評判を呼んだと聞いています。今日は、そんなくっきーさんに創作の裏側をいろいろ訊いてみたいと楽しみにしていました」
くっきー「よろしくお願いします!」
平野「ところで、ぼくはなんてお呼びしたらいい? くっきーさん? 川島さん? くっきー?」
くっきー「あ、それなら、みんなくーちゃんって呼んではります」
平野「あ、そうなんだ。じゃ、ぼくもくーちゃんでいい?」
くっきー「もちろんです!」
平野「OK! いま言ったように、ぼくはアーティストとしてのくーちゃんにとても興味がある。いろんなことをやっているけど、すべてに“スジが通っている”ように見えるからです。なにより個性的だし、なんていうか……見ていて清々しいんですよね。なにかに媚びている匂いがまったくしないから」
くっきー「ありがとうございます!」
平野「まずは、どういう経緯でアートに接近し、創作活動をはじめたのか、そのあたりから教えてもらえますか?」
くっきー「ぼくは太郎先生みたいに“オレは描く! 描きたいから描く!”っていう感じではじめたわけではなくて、どっちかといえば、“芸人の派生”みたいなもので……」
平野「芸人の派生?」
くっきー「楽屋で落書きをしていたら、先輩が“うまいやん!”って言ってくれはって。“◯◯の似顔絵、描いて~な”なんて頼まれたところから、次第に“結婚式のウェルカムボード、描いてよ”みたいなことになっていったんです。で、その絵がおもしろいとテレビで紹介されたりして……」
平野「なるほど。“見てろ! オレ、アーティストになったるぞ!”っていう決意のもとではじめたわけではないんですね」
くっきー「最初はお笑い芸人の一部としてやっていた感じなんですわ」
平野「とはいえ表現することに興味がなければ、楽屋で絵なんて描かないでしょう?」
くっきー「そうですね」
平野「楽屋ではどんな絵を?」
くっきー「それこそ雑誌などを見ながら、アイドルの顔なんかを描いてました」
平野「だれかに見せるためじゃなくて?」
くっきー「いや、もう、まったく。ほんとにただの暇つぶしで」
平野「“絵を描こう!”っていうモチベーションはどこから来たんだろう? 単純に絵を描くのが楽しかったから?」
くっきー「癖みたいなものだったんですよね。暇なときに絵を描くっていうのが。
平野「こどものころから?」
くっきー「そうです。小学校のとき、教室の机を真っ黒にするほど絵を描いていた、そんなこどもだったんです。楽屋でもその延長で描いていただけで。それが、いつの間にか、みんながどんどん見てくれる環境になって」

平野「ぼくは芸人の世界のことはわからないけど、どんな芸であれ、“芸”って計算で組み立てられたものですよね? 事前に構成を練り、技術を磨いて客の前に出る」
くっきー「基本はそうですね」
平野「くーちゃんは、お笑いのネタ、書きます?」
くっきー「書きます」
平野「ネタって、ロジックじゃないですか。思いつきでしゃべったことをネタとは言わないし、単なるアクシデントは芸じゃない。緻密に計算されたネタを引っさげて、お客さんの前に出ていくわけでしょう?」
くっきー「たしかにロジックですわ、うん」
平野「一方で、芸術の創作は、計算やロジックとはレイヤーがちがう。真逆と言っていいくらいです」
くっきー「はいはい」
平野「その真逆のアクションを、くーちゃんは同時に、しかもひとりでやっている。正反対の資質と能力が求められる対極的なフィールドを、軽々と行き来している。なにせお笑いとアートですからね。じっさいそんな人、ほかにいます?」
くっきー「(笑)」
平野「なんでくーちゃんだけができるわけ? どういうつもり?」
くっきー「(爆笑)」

平野「右脳と左脳を同時に動かすことで、脳みそのバランスをとっているのかもしれないけど……とにかくそのあたりにすごく興味があるんですよ」
くっきー「あのー、あんまり考え込まないタイプなんで、やりたいことをやって生きてきただけで……すんません!」
平野「(笑)」
くっきー「音楽も好きで、ギターをやっていて、いまでもやってますし……。野性爆弾でやっている笑いも、けっこう破壊的というか……計算されたネタというより“なにしてんねん!”の羅列みたいなネタなんで。そういう意味では、どっちかといえば、館長の言葉でいえば「芸術」に近いのかもしれないです、ネタ自体が。“こうやったらウケるやろう”みたいな緻密な計算をしているわけやあらへんし」

平野「くーちゃんの作品には、絵もあれば自分自身を表現媒体にしたパフォーマンスもあるけれど、(代表作『イザベラ』を指差して)たとえばコレはどうやって生まれたんですか? いきなり天から降りてきたってわけじゃないでしょう? そのときなにを考えていたんだろう?」
くっきー「え? あー、どうなんやろう……うーん、どうなんですかねぇ?」
平野「(笑) アイデアのインスピレーションはどこから?」
くっきー「なんやろうなぁ……」
平野「実際どうやって描きはじめるの?」

くっきー「正味の話、このときは自分の顔でなにかやろうと思ったんですわ。それで自分の顔にいちばん合わないものを足していったらこうなったっていう感じで」
平野「オレにいちばん合わないのは薔薇だろうって?(笑)」
くっきー「薔薇やリボンがいちばん合わへんやろなと思って。『キャンディ・キャンディ』的な、ああいう世界観がいちばん真裏じゃないですか。だから、こういうのもお笑いの一部というか……」
平野「ネタづくりに似ている? もしかして、おなじアプローチなのかな?」
くっきー「たぶんそうやと思いますね。どっちか言うたら、行ったらアカンほうに行きたがるというか」
平野「あるいは、ものすごく合わないもの、真逆、真裏にあるものを強引にぶつけるみたいな?」
くっきー「ああ、好きです好きです」
平野「それってシュルレアリスムじゃない!」
くっきー「……(小声で)そうかもしれないです(笑)」

平野「エスキースはたくさん描きます?」
くっきー「なんですか、エスキースって?」
平野「“習作”って呼ばれるものだけど、要するに練習です。何回も何回も紙に描いて、精度を上げていく」
くっきー「あ、それはしないです」
平野「いきなり本番の紙にグリグリ描きはじめる?」
くっきー「下描きはしますけど。でもそれもマジックとかで描きます」
平野「なるほど。描いているうちにだんだんイメージが固まっていく感じ?」
くっきー「そうですね。これも描いたときは横縞のリボンにしようなんて思ってなくて」

平野「つくり方が構築的なのかな。階段をのぼっていくように、徐々に全体像ができあがっていく感じなんでしょう?」
くっきー「構築的です(笑)」
平野「うん。そこは太郎と逆だね」
くっきー「あっ、そうなんや」
平野「岡本敏子(太郎の公私にわたるパートナー)がよく言ってたけど、“こういうものを描きたい”というイメージが立ちのぼったとき、太郎の頭のなかには、ほぼ完成形ができあがっていたらしい」
くっきー「ひぇー!」
平野「でも、だからといって、いきなりキャンバスにグリグリ描きはじめるわけじゃない。要らない紙に、おなじディテールを何回も何回も繰り返し描くんです」
くっきー「なぜです?」
平野「おそらく脳みそに浮かんでいるイメージを自分の手が再現できるまで、つまり頭に手が追いつくまで練習していたんでしょう」
くっきー「すごいなあ」

平野「そういうエスキースが記念館にたくさん残ってます。それこそおなじ構図のデッサンが何十枚ってね。ちょっと見ただけではどこがちがうのかわからない。本人にはちがうんだろうけど」
くっきー「そこは完全に真逆ですわ。ぼくは行き当たりばったり系で……どうとでもなるだろうと思っているんで(笑)」

「芸術は民衆のもの」岡本太郎の芸術観とは

平野「作品をつくっているとき、だんだんイメージが固まり、徐々に完成度があがっていくわけですよね? 最後に“よし、完成だ!”って思うのはどういう瞬間なんですか?」
くっきー「自分のなかに“OK太郎”がいて、OK!って言うんです(笑)」
平野「あ、そうなんだ(笑)」
くっきー「もちろん納得がいけば、の話なんですけどね。もっとも、ぼくは描き損じというか、没ってひとつもないんです。意地でも仕上げるから(笑)」
平野「太郎は、完成して発表した作品を平気でイジっちゃうんですよね」
くっきー「え、そうなんですか?」
平野「油絵にはサインが入っているでしょ? それが完成作であるという証です」
くっきー「なるほど」
平野「完成すると、たとえば海外のビエンナーレなどに出品される。そこで絵葉書になったりもする。ところが太郎の場合、絵葉書は残っているのに作品が見当たらないっていうケースがずいぶんあって」
くっきー「へぇ」
平野「行方不明と思われてきたんだけど、最近になって別の作品のX 線写真を撮ったら、その下に隠れていた」
くっきー「おー!(笑)」
平野「サインを入れて海外のビエンナーレに出品した作品なのに、その上にグリグリ描いちゃったんです」
くっきー「すごい人ですね」
平野「ふつう、作家はそういうことはしません。だってサインを入れて発表したら、それは“商品”ですからね」
くっきー「そうですよね」
平野「でも太郎は絵を売らない主義だったし、そもそも“芸術は商品ではない”と考えていたから、平気でそういうことができたんでしょう」
くっきー「なるほど! それにしても、太郎先生はなぜ絵を売りはらなかったんです?」
平野「理由はいくつかあるけど、いちばん大きかったのは“芸術は民衆のものだ”という芸術観です」
くっきー「民衆のもの?」
平野「芸術は一部のマニアや金持ちのものじゃない。大衆のものであり、社会のものであり、暮らしのなかに息づくものだ、という考えです。売ってしまったら、金持ちのリビングや大企業の社長室に隠されて、二度と出てこないでしょ?」
くっきー「あー、そうか」

平野「たとえばコレ。『顔のグラス』というんですけど、『ロバートブラウン』っていうウイスキーのオマケなんですね。1本に1個ついてくる」
くっきー「いいなあ、コレ!」
平野「話があったとき、まわりに大反対されたらしいんですよ。バカなことはやめなさい。そんなことをしたら、“わたしはタダでばらまくオマケをつくる程度の作家です”って宣言するようなものじゃないかってね。」
くっきー「あー」
平野「でも太郎は聞く耳をもたなかった。“タダ、いいじゃないか。タダだからだれでも手に入る。それで家に帰って一杯やって気分がよくなる。それのどこが悪いんだ!”と言って」
くっきー「カッコえー!」
平野「全国にパブリックアートをたくさんつくったのもそう。パブリックアートって、そこに行きさえすれば、いつでもだれでもタダで見られるでしょう? まるで自分の所有物みたいにね」
くっきー「太郎先生って、そういう人やったんですね。芸術を広めようしてはったんだ。シビれますわー」
平野「“芸術とは生活そのもの”と考えていたと思います。“芸術なんて道端の石ころとおなじ。特別なものじゃない”、“芸術を崇拝したり、ありがたがったりするようなヤツに芸術を語る資格はない”みたいなことも言ってましたしね」
くっきー「なんか……デカいですね。自分がすごくちっぽけに思えて。どうしよー!(笑)」

岡本太郎とくっきーの共通点とは?

平野「さっき言ったように、太郎は絵を売らなかった。つまり彼のなかにはマーケティングという発想がなかったわけです。どうすれば喜んでもらえるかとか、どうすれば売れるかとか、そういう概念がいっさいない」
くっきー「すごいなあ」
平野「彼はそれでよかったけど、芸であれアートであれ、見てくれる人がいてはじめて成り立つわけだから、普通は“お客さん”の存在を意識します」
くっきー「ですよね」
平野「それを頭から否定するなら、ひとりで山に庵を結んで、仙人になればいいって話になっちゃう」
くっきー「はい」
平野「受け入れて欲しいとか、なんなら売れたいとか、そう考えるのは悪いことじゃないし、だれもがもっている当たり前の感情です。仮にそれを“マーケティング的思考”と呼ぶなら、一方にはそれとはまったく関係なく“オレはこれを描きたい!”っていう、いわば“パーソナルな欲望”がある。だれもがその両方をもっているわけですね」
くっきー「はい」
平野「くーちゃんは、どうやってふたつの折り合いをつけているんです?」
くっきー「芸で言えば、マーケティングそっちのけで、100%欲望に……」

平野「(爆笑) それでよく売れたなあ」
くっきー「だから歓喜なんですわ。お客さんのこと考えんと、やりたいネタしかやってなかったから」
平野「だけどそれって、ものすごく不安だったでしょう? 孤独だっただろうし」
くっきー「でも仲間たちが“いや、おまえ、すごいな”って言うてくれるから、なんとか自我を保てたっていうのはあります」
平野「ああ、それは大きかっただろうな」
くっきー「そうなんです。それで15〜16年潜伏していたんで、ずっと。売れんまま」
平野「よく耐えたね。でも売れたいまは、“もうちょっとこうすれば、もっと売れるかも”みたいな誘惑に駆られるでしょ?」
くっきー「駆られますけど、なんかこう、オスとしてっていうか……いや、ぼくとして、お客さんに合わせることがダセェことやと思い込んじゃってて」
平野「そこは歯を食いしばって貫いてたんだね」
くっきー「貫きました。だからお金には走れなかった。まあ、いまとなってはそれが良かったのかもしれませんけど」
平野「“仲間が褒めてくれたから、なんとか自我を保てた”っていう話は、すごくよくわかる。たぶんね、太郎もそうだったんですよ。本人はそんなこと一言も言ってないけど」
くっきー「おおお!」
平野「もっとも太郎の場合は、仲間じゃなくて敏子(パートナー)ですけどね」
くっきー「ああ」
平野「公私にわたって太郎と敏子は一緒だった。太郎がなにをするときも、うしろには必ず敏子がいたんです。彼女はいつも太郎を見ていて、そして喜んだ」
くっきー「喜んだ?」
平野「そう。“先生、素敵! 次はなにを見せてくださるの?”って。キャッキャ言いながら、飛びあがって喜ぶんですよ。褒めるんじゃない。お世辞も言わない。ただひたすら喜ぶんです」
くっきー「おお〜っ! 素敵ですなぁ」
平野「さっきのくーちゃんの話と一緒で、太郎が孤独や不安に耐えられたのは、それが大きかったんじゃないかと思います」
くっきー「さとみとぜんぜんちゃいますね」
平野「さとみって、だれ?(笑)」
くっきー「うちの嫁です。さとみはぜんぜんちゃいますよ。ガン無視ですから(笑)」

平野「(笑) でもその代わりに仲間がいた。その仲間たちがいなかったら、もしかしたら潰れてたかもしれないよ」
くっきー「ホンマそうですね。ツレもおらん、さとみも無視やったら、きっといまごろ終わってましたわ(笑)」

平野「くーちゃんは太郎のどういうところが好きなの? 嫌いでもいいし、ここが納得できないみたいなことでもいいんだけど」
くっきー「やっぱり太陽の塔をはじめて見たときの圧倒的な感じがすごかったんですよね。正義か悪かわからないじゃないですか。どっちなんやろ、みたいな。敵か味方かもわからんし、ただただド迫力で、見たことのない造形という……」
平野「うん」
くっきー「やっぱ脳みそのどっかにバシっと残りますよね。太陽の塔は、ぼくの脳みそのシワの隙間に確実に入り込んでると思うんです」
平野「しかもアレ、なんだかわからないしね。“なにを表しているんですか?”ってよく訊かれるんだけど、正直に“わかりません”って答えてます。なにしろつくった本人がなにも言わなかったからね。たぶん本人も説明できないんじゃないかな」
くっきー「(笑) たしかに“三角の~白いので~”じゃ、ぜんぜん伝わらへんな」
平野「(笑)」
くっきー「ぼくも“コレ、なんなん?”って訊かれて、説明できないこといっぱいありますよ」
平野「でもね、説明できるようなものって、けっきょく残らないんですよ。大阪万博を考えても、パビリオンはみんな無くなったのに、太陽の塔だけが残った。“進歩がつくる夢の未来”を説明するパビリオンは壊せても、太陽の塔は壊せなかった。太陽の塔だけが芸術だったからです」

くっきー「そういえば、ニューヨークに行ったときに、一枚一枚の絵に説明文が欲しいと言われて……」
平野「ああ、それ、辛いね」
くっきー「そうなんですよ。そんなん、なんにも……なにせ無邪気に描いてるだけやから(笑)。後づけで理由を考えるのが大変で大変で」
平野「で、書いたの?」
くっきー「書きました」
平野「そこは媚びたわけね?(笑)」
くっきー「いや、そんなそんな……(笑)。まぁでも、売る用のやつやったから(笑)」
平野「もしいま太郎が生きていたら、一緒になにをやりたい?」
くっきー「うわ〜、マジっすか!」
平野「なんでもつきあってやるよって言われたら」
くっきー「う〜ん……(としばらく考えて)それこそ太郎先生の石膏像あったやないですか。ぼくの体に太郎先生の顔をくっつけたいです! それと、逆に太郎先生の体にぼくの顔をくっつけたい!」
平野「(笑) 最後に訊きたいんだけど、いま激動の時代でしょ? この先どうなるかわからない。でも、そんななかで闘っていかなきゃならない」
くっきー「はい」
平野「芸に対してでも、芸術に対してでも、あるいは生き方に対してでもいいんだけど、これからの時代を生きていくにあたって、これだけは守りたい、これだけは大切にしたいと思っていることって、どんなことだろう?」

くっきー「昔から一貫して“我を貫く”というか、“折れず、曲がらず、人に影響されず”っていうのが基本ですかね。日本刀のような精神というか」
平野「判断基準を他者に求めず、己のなかにあるものだけを信じて進んでいく、っていうことね?」
くっきー「そうです」
平野「そこ、なんか太郎っぽいね。太郎はまさにそうだったから」
くっきー「(かなり小声で)近いですね、ぼくと」
平野「(爆笑) いやー、楽しかった。もっと話したかったなぁ。ぜんぜん足りないや。またやりましょうね」
くっきー「ぜひぜひ! またフラっと寄りますわ」

『くっきずむ』(美術出版社)

発売中 10,800円(税込)
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【内容】
クリエイティブ・ディレクションに「風とロック」の箭内道彦、アートディレクションに小杉幸一を迎え、展覧会で出品された作品に新作を加え、これまでのアート活動を網羅的に掲載。絵画や映像、パフォーマンスなどの作品のほか、日本をはじめアジアで開催された展覧会など、「表現者」として独自の世界観を構築する活動を紹介。国内外に向けてくっきーの表現世界──COOKISM──を発信していく内容となっています。