ロンドンブーツ1号2号の田村淳による書き下ろしノンフィクション『母ちゃんのフラフープ』(ブックマン社)が、5月31日(月)に発売されます。がん終末期に一切の延命治療を拒否した母との別れの物語を、渾身の思いで綴った本書。執筆のきっかけや、母への思い、自ら使命だと感じていることなどを、淳本人に語ってもらいました。

本書は、がんで闘病していた母・久仁子さんをコロナ禍の2020年8月に看取った淳が、その別れを描いたノンフィクションです。かねて「延命治療はしない」と言っていた久仁子さんは、数年前にがんにおかされたことを知ると、淳に尊厳死宣言書を渡し、自分の最期を決めていたといいます。

本のなかでは、幼いころからの母との生活や、母のがんを知ったときの葛藤、そして死と向き合うこと、母が遺してくれたものなどについて赤裸々に語られ、さらには、なぜ淳が慶應義塾大学大学院で「死」について学び、遺書を動画にするサービス「ITAKOTO」を立ち上げたのか――という思いが丁寧に書き綴られています。

死と向き合うきっかけになれば

――この本を、どのような思いで執筆したんでしょうか。

20歳ごろから、母ちゃんから「延命治療をしないでほしい」というメッセージをもらっていたんですけど、そのときにはあまりピンときていなかったんです。でも、母ちゃんががんになったとき、そのことを思い出して、「元気な状態のうちにメッセージを遺しておくのは大切なことだな」って思ったんです。

そんなときに娘が生まれて。自分自身も、どう生きたいのか、どう死にたいのか、体が元気で思考がはっきりしているうちに伝えるほうが、遺された人はいろいろとジャッジできるんじゃないかと思うようになりました。

いろんな人がこの本を手に取ってくれて、死ぬってどういうことなのか、死ぬまでに自分がどういう意思表示を家族にしないといけないのかなど、一般的にタブー視されている死の話なんですけど、こういう家族のひとつのケースを知ることによって「ウチはこうしたいよね」っていう話すきっかけになればいいなって思って、本を書きました。

――本を読んで、母親の教えが淳さんの人格形成に大きな影響を与えているように感じました。ご自身では、特にどういったところに影響を受けたと思いますか?

「人に迷惑をかけないで、やりたいことをやりなさい」というところですかね。多少、人に迷惑をかけながらの人生ではありましたけど……。歳を重ねるとともに、自分は人に迷惑をかけずに、やりたいことを表現できているかなって、本を書きながら思いました。

――子育ての面でも影響を受けたと思いますか?

相当あると思います。僕、父ちゃんからも母ちゃんからも、無理やり強制された経験がなくて。あ、ひとつだけ「ソフトボールをやれ」って言われて、それだけ強制されたんですけど、それは自分の意思ですぐやめちゃったんで(笑)。

母ちゃんは「興味・関心を持てることを自分で見つけてきなさい」という方針だったんですけど、それでいうと、自分の娘は4歳児ながら、YouTubeを見て「チアリーダーやりたい」とか「ギターやりたい」とか、“やりたい”って気持ちを自分で見つけられるようになってきていて。

きっと、いまだけの感情でチアリーディングをやりたいと言ってるんだけど、その次は何をやりたいのか、自分ですぐに探せるような人間にはなっている。そこは母ちゃんから教わったし、僕は母ちゃんよりも、より自由にやらせようと思っています。

――本では、母親の勧める読書を通じて「一隅を照らす人になりたいと思うようになった」との記述もあります。

僕がMCをするうえでも、“一隅を照らす”というのは根底にあると思います。僕じゃないと見つけられなかった部分、僕じゃないと引き上げられなかった部分を見つけるとか、すごく意識はしています。ふだん生活をしていても、100%できているかはわからないけど、意識はしていますね。

いまだからこそ書けた母との別れ

――母親の死について書くのは、苦しくありませんでしたか?

母ちゃんと別れるところの描写は、とても苦しかったですね。何度も書きながら泣いちゃって。泣くと、冷静に思考できないので、一旦やめたりしながら書いていきました。

でも、そこを書くことで、母ちゃんとの別れがどうだったのか、見つめ直すきっかけになりました。

なんで母ちゃんとハグがしたかったんだろうなとか、ハグしたときに痩せていた具合とか、体温があって温かいんだけど、すごく寂しい感じがするとか……。感極まってあのときは冷静に見つめられていなかった部分を、本を書くなかで感じ取れて、読んでもらうみなさんにも、より細かく伝えられるんじゃないかって。

そこは、自分の記憶と、母ちゃんをハグしたときの温もりが残っているうちに書き留められたらなって思いました。

――痛みは伴うけれど、いまだからこそ書けたと。

そうだと思います。(亡くなる直前)どうしても次女を抱きたいということで、母ちゃんが(最後の)退院をしたときに実家に向かったんです。僕からするとずっと育ってきた家なので、「母ちゃんともう会えないんだろうな」って思いながら別れるとき、その家を「行ってきます」って出る感覚が、(10代のころに)東京に出ることで家族と会えなくなる感覚と似ていて……。

この感情はどんどん薄れていっちゃうから、“悲しいけど前に進んでいく”ということを書き記すには、いまやっといたほうがいいなって思いました。

――本を読むと、奥さまに助けられている部分も大きそうだと感じました。

僕が(仕事で)田舎に帰れないのに、子どもを連れて地元に帰ってくれて、コミュニケーションを取ってくれたのは本当にありがたかったし、母ちゃんもうれしかっただろうなって思います。

僕だったら、奥さんがいない状況で、彼女の実家へ娘を連れていくって考えられないけど、それを率先してやってくれたのには、すごく感謝しています。

自身の経験が反映された「ITAKOTO」

――巻末には、大学院で「死」を学んで発案した、遺書動画サービス「ITAKOTO」に関する修士論文も一部収録されています。論文を書いて、得たことは?

何かひとつのことに興味や関心を持って調べて、そのデータをまとめるというところでいうと、これまでどちらかというと感情に訴えかけるようなしゃべりをしていたのが、いまは多少ではあるけど、データを基にしゃべれる人間になったような気がします。感情だけぶつけていた人間が、論文を書いたことで、データの大切さを知ったというか。

遺書動画サービスでも2,000人の「遺書」を見ているので、きちんとしたデータを見てしゃべっているぶん、しゃべりに重みが出るし、揺るがない自分がいるなとは思います。

――先ほども、淳さんが20歳のころに母親から延命拒否の意思を聞いたと言っていましたが、そうしたメッセージを家族に伝えるのは、早ければ早いほうがいいと考えていますか?

(言われた側は)そのときにはぜんぜん刺さらないんですけど、「20歳のころから言ってたな」っていうのが頭に残ってるので、後から効いてくると思うんですよね。

遺書動画サービスでは当初、最新版の動画だけ残しておけばいいと思っていたんですけど、母ちゃんのことを思い出したときに、「遺書も履歴があったほうがいいな」って思って。

30歳のときはこういう遺書だったんだけど、40歳でこうなって、60歳はこうなった……っていうものが遺されたら、よりその人の言いたいことや伝えたいことがわかるなって思ったんです。

うちの母ちゃんは、たまたま僕が20歳のころから死ぬまでの間、一貫して「延命治療はしない」だったけど、これは人によって違ってくると思うんですよ。(寿命が)残り5年くらいで、生きることに興味が出てきた人が「なんとしてでも生かしてくれ」って伝えていたら、まわりの人はそれを尊重できるし。

「死んだらこうしたい」っていうのは、実は「こう生きたい」って話しているのと一緒なので。生きるとか死ぬとかいう話は、なかなか反抗期の青年はしたくないだろうけど、しておくと、後々効いてくると思います。

“自分の軸”で生きていきたい

――テレビ番組のMC、YouTube、遺書動画サービスの運営などマルチに活躍していますが、いまいちばん関心があるのはどんなことですか?

“継続”に興味があります。「継続は力なり」っていう言葉があるけど、本当に実感できている人が世の中にどのくらいいるんだろうなって思っていて。

僕自身も、継続は力なりって頭ではわかっているんだけど、その成功体験があまりないので、いま毎日ギターを弾く練習をしていて、日記のようにYouTubeに上げています。継続の難しさをよく知っているから、YouTubeで日記にすることで、人に見てもらえるし、やりがいもあるなって。

今日(インタビュー時点)で50日目なんですけど、やっぱり1日目と比べて、50日目のほうが圧倒的にうまいんですよ。50日目、100日目、200日目……と違いが出てくると思うので、続けたいですね。

あと、この継続をどんどん増やそうと思って、いまは憧れのジャッキー・チェンが使っていた武器のヌンチャクを使えるようにと、中国から取り寄せて動き出しています(笑)。

――「なんでもやってみよう」と思えるのは、母親にいろいろやらせてもらった経験が大きいのかもしれないですね。

そうですね。すべてがすべて成功しているわけじゃないけど、とりあえずやらせてくれたっていうのは大きいです。自分じゃないと、続けたい・続けたくない、面白い・面白くないは判断できないので、とりあえずなんでもやってみようと思います。

「あいつ、いったい何がしたいんだ」って思われようが、僕は、その人のために人生を歩んでいるわけじゃないので、自分が興味・関心を持ったことには極力触れて、自分でジャッジして前に進んでいきたいなって。母ちゃんの大きな教えをいまも守っているという意味でいうと、それは継承できているような気がします。

――では最後に、淳さんの“使命”はどんなことだと考えていますか?

僕は、“自分がやりたいことを、どうやって実現可能にしていくか”を(世の中に)見せたいと思っています。自分の人生なので“自分の軸”で生きたいし、「他人にこう思われるから、これはやめよう」というのを極力なくしたいなって思っていて。

たまたま公の場に出る仕事をしているので、みんながみんな納得できなくても、「あいつは自分の軸で生きているな。人が生きるってそういうことだよね」って思ってもらえるように動きたいなって思っています。

最近、レギュラーのラジオで「人間の唯一の義務は自分らしくいることだ」っていう言葉(社会心理学者・加藤諦三氏の言葉)を聞いたんですけど、これはいろんなところで使おうと思っているので、僕がしゃべっていたかのように書いておいてください(笑)。

書籍概要

『母ちゃんのフラフープ』

著者:田村淳
四六判並製/256頁
定価:1,540円
発売日:5月31日(月)

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